<Before Cherry Typhoon> 中学生時代琉球舞踊の世界に入門。古典・雑踊り(ぞうおどり:近代振り付けの躍動的な舞踊)と琉球音楽の世界を学ぶ。 大学卒業後脚本家・舞台演出家を経て、2003年ダンスパフォーマンスグループ「紫ベビードール」の結成に参加、「ビバーチェ」というステージネームでダンサー・振付家として活動。 2005年6月「That's Cabaret in NY」にて国外の活動を開始、その時出会った素晴らしきバーレスクダンサー達に感銘を受け、バーレスクの世界を志す。同年サンフランシスコのバーレスクダンス国際大会「Tease-O-Rama」に出演、「紫ベビードール」は同大会唯一の、フルハウススタンディングオベーションを受ける。続けて2006年、バーレスクダンスの世界大会ラス・ベガスでの「Miss Exotic World」にて団体部門優勝。その直後よりソロ活動を開始。 2006年6月ニューヨークGalapagos Art Spaceでの「Miss Galapagonza 新人バーレスク大会」にてソロ優勝。 <Cherry Typhoon> 2007年3月カリフォルニア州ポノマ・シティでのBuckingham Burlesque参加を機に、ソロのステージネームを「チェリータイフーン」に改名。本格的に国境を越えたソロ活動を始動する。 2007年8月「紫ベビードール」退団後、ソロ活動のみならず、様々なアーティスト・ギャラリーとのコラボレーション、ミュージカル出演等活動の幅を広げている。 |